Not Yet TrendingはAirbnbによる調査記事シリーズ。ゲストの旅行データから、誰よりも早く、次なる人気の旅行先をお届けします。数値では測りきれない部分は、情報ソース=Airbnbのホストに直接インタビュー。日本初のNot Yet Trendingは金沢!

金沢の暮らしに息づく洗練された美意識。歴史的な建造物とシャープな現代建築が作り出す美しい街並は、この街の日常への入り口に過ぎない。何世紀ものあいだ、武力の代わりに芸術や工芸を振興してきた金沢では、職人と地元の人々が日々の暮らし中で伝統的な美に磨きをかけ、革新している。美しい街、金沢をゆっくりと体験しに行こう。


朝方まで降り続いた雨で、金沢はしっとりとした雰囲気に包まれている。小さな通りに並ぶ木壁の焦げ茶が深まり、後からのぞく木々の緑が鮮やかだ。日本の都市としては珍しく、自然災害や空襲のなかった金沢には、江戸時代から続くまちの面影があちらこちらに残る。林さんがゲストを迎え入れるのも、金沢で多く見かける木造2階建ての古い一軒家だ。「金沢を大好きになってもらいたい」という柔道青年の林さんは、商社マンと教師を経て地元に戻り、Airbnbのホストになった。

 

「訪れる人に金沢を大好きになってもらいたい」というAirbnbのホスト、林俊吾さん。古民家を改装した家には、地元の職人さんと一緒に作りあげた加賀友禅のふすま絵が飾られている。

「金沢城と兼六園は早朝がいいですよ」との助言に眠い目をこすりながら15分ほど歩くと、家々の間からお城の鬱蒼とした茂みとお堀が見えてきた。ひやりとする朝の空気のなか、賑やかなラジオ体操の音楽が聞こえる。年配の女性たちがおしゃべりに花を咲かせながら、お堀の前で体をねじったり跳ねたりしているようだ。寝不足と冷たい空気に縮こまった体をのばそうと飛び込みで参加すると、弾けるような笑顔で迎えられた。

金沢城は、浅野川と犀川に挟まれた金沢旧市街地の真ん中にある。多くの見所がお城から歩いて30分以内の地域に点在しているため、観光もしやすい。深緑の茂みに囲まれた石垣の向かいには、シャープで現代的な21世紀美術館や商工会議所、裁判所。有機的なラインと直線的な現代建築がきれいに肩を並べ、あちこちで顔をのぞかせる赤松が、お能の舞台のように街並を引き締めている。歩き回るだけでも楽しい街だ。

金沢海みらい図書館は、2011年にオープンした市立図書館。シーラカンスK&Hによる、6000個の丸窓から優しく自然光が注ぐデザインが注目を集め、英国BBC放送などから「世界の素晴らしい図書館」のひとつに選ばれている。

 

「海外に住んでみて、金沢の良さを感じました。街の風景や金沢の5色の色彩が好き。九谷焼も加賀友禅も5色なんですよ。」初代ミス加賀友禅にしてホストのちさとさんは言う。ミス加賀友禅として毎年加賀友禅の新作発表会でモデルを務め、さまざまな場所で加賀友禅をPRしてきた。「金沢の人には独自の美意識がありますね。いくら有名なブランドでも良いと思わなかったら、金沢で長くは続かないんです。」

 

ホストのちさとさんは、初代ミス加賀友禅。ゲストを迎え入れる家はお寺の多い地区にあり、「隣のお寺で読経体験などもできますよ。」

気をつけて見てみると、あちこちにバランス良く置かれたベンチのデザインから街路樹まで、金沢の町には洗練された統一感が漂う。この美意識は一体どこから来るのだろう?質問を投げかけると、合い言葉の様に毎回同じ答えが返ってくる。「前田利家が…」

前田利家は、加賀藩を代々治めた前田家の初代藩主だ。幕府への忠誠を示すため、百万石とも言われた加賀藩の財力を武力ではなく文化芸術の振興に惜しみなく使った。全国各地から有能な職人や文化人を招いて工芸技術の育成を続ける中で街全体に洗練された美意識が根付き、旦那衆は嗜みとして皆お茶や唄を楽しんでいたという。

 

今でも金沢とお茶の文化は切っても切り離せない。お勧めの食べ物を聞くと「魚」と共に「和菓子」と必ず返ってくるし、お茶室がある家も多い。浅野川のほとりでホストをするユウさんの家では、本格的なお茶室をじっくりと見て楽しんでもらいたい。

 

ユウさんの息子さんは、自ら希望して、お茶室とお庭が美しいこの家で結婚式をあげた。ユウさんが「子供の頃から憧れていた」水引を教えてもらいながら、おしゃべりも弾む。

 

「母が住む前、ここはお茶の先生のお家でした。母も私もお茶はしないんですけど。」葦が敷き詰められた天井や桜の木がそのまま使われている柱。お茶室に詳しくなくても、贅沢だと感じる造りだ。

「しばらく空き家になっていたんですけど、息子がここで結婚式をあげるのを機に少し手を入れて、良い家だなあと改めて気付いたんです。」アルバムの中で、羽織袴と白無垢姿の新郎新婦は凛と前を見つめている。後に写る手入れの行き届いた庭は浅野川の土手のこう配を利用した造りで、松の木には毎年雪吊りが施される。大切に暮らしてきた家を空き家にしておくのはもったいないから、とゲストを迎え入れる決意をしたそうだ。

ユウさんの家に泊まったら、ぜひ水引を教えてもらおう。和紙に絹糸や錦糸を巻いた紐を組んで曲線の模様を描きながら、20分ほどで可愛らしいイヤリングやストラップができあがる。元々金沢では、結納の時に水引で作った大きな鶴などを納めていたのだそうだ。小さい頃から水引に憧れていたユウさんは1年ほど前から先生について習い始め、息子さんの結婚式用にいくつか作品も作った。一本の紐が美しい形へと変化して行く過程には、無限の小宇宙を感じる。実際に作ってみると、先ほどまで見ていた作品の印象も変わった。

「伝統文化が沢山あるだけじゃなくて、誰でも入りやすいというのが金沢のいいところですね」とミス加賀友禅のちさとさんは言う。ちさとさんがゲストを迎える家は、町内の建物13軒のうち10軒がお寺という場所にある。朝目が覚めたら隣のお寺でまず読経、というのもこの家ならではだ。

昔はよそ者に対して排他的な部分もあったという金沢も、最近はかなりオープンになってきた。観光客が増えると共に、地元の人たちがホストとして受け入れる体制が整ってきたこともあり、金沢は新しい時代を迎えようとしている。「金沢の本当の面白さを知るには、1週間地元の人の様に暮らすこと。」林さんが言うように、美しい街並だけでなく、普段の暮らしに潜む金沢の魅力が体験できるようになったのだ。

 

林さんの家で開催される夕飯会や日本酒のテイスティングでは、世界中から集まるゲストたちと地元のスタッフが一緒に料理を囲む。

「金沢は小さな街だし、町内会が強い。皆なんでも知っていますよ」と言う林さんは、普段から近所付き合いを続けている。若い人が増えて活気が出た、と近所のお年寄りからも喜ばれるそうだ。コミュニティを大切にしたいと言う林さんの家ではぜひ、夕飯会に参加したい。昨晩は、ワイワイと手巻き寿司に日本酒のテイスティングで、今夜は鍋。広々とした台所いっぱいに立ちこめる美味しそうな匂いに、思わずお腹が空いてくる。味見をさせてもらったバイ貝とふくらぎのお刺身は甘くて、コリコリとサクサクに近い、初めての食感だ。

仕入れ先は近所にある金沢市民の台所、近江町市場。迷路のような市場には、ピチッピチの地元の魚や野菜が所狭しと並ぶ。そう言えば「せっかくだから色々買って台所を使ってくださいね。調理の仕方が分からなかったら手ほどきしますよ」と言っていたっけ。さて、何を作ろう。調理できるとなると、食材選びにがぜん力が入る。

 

金沢市民の台所、近江町市場には、新鮮な地元の食材が並ぶ。

自分で調理せずとも、繁華街の片町や香林坊、東茶屋街には味にうるさい金沢市民が認める名店がひしめいている。とはいえ、2015年に新幹線が開通してからは、派手な看板を掲げた観光客向けのレストランも多い。そういう時は、ホストにお勧めを聞くのが一番だ。本当に美味しいお店は、小さな看板でひっそりと営業しているからこそ、「〜さんから紹介された」の一言が添えられると入りやすく、打ち解けやすい。それに、「顔見知りだから何かサービスしてもらえるかも」というおまけ付きだ。

犀川沿いにある赤兎馬も林さんにお勧めされた一軒だ。「林君は最近来ないけど、忙しいのかな?」と心配するご主人の本多さんは横浜から料理の修業に訪れた金沢に移り住んだ。車で30分走れば海も山もある金沢は新鮮な食材の宝庫で、片町から歩いて10分ほどの店の前を流れる犀川では、夏になると鮎もとれる。本日のお勧めは九谷焼のお皿にきれいに盛られて出てきた。赤、黄色、緑、青、白。ちさとさんが教えてくれたように、確かに5色だ。お酒を頼むと、金沢美大の先生が能登半島で試しに作った、荒い肌目に繊細な形が面白い盃をお勧めされた。

前田時代に始まった工芸を振興する風土は、今でも金沢で脈々と受け継がれている。明治時代に全国に先駆けて美術大学が、1997年には市政100周年を記念して卯辰山工芸工房が設立された。若手の芸術家や作家を育成するこうした施設に国内外から作家の卵たちが集まるだけでなく、卒業後に金沢に留まる作家も少なくない。街を歩けば、古い民家を改造したスタイリッシュなショップやお洒落な若者をあちこちで目にする。若い世代がクリエイティブな伝統を紡ぎ続けると共に、時代に合った新しい風を吹き込んでいるのだ。

そして、ホストたちも新しい時代を作る一端を担っている。古民家を改造した林さんの新しい家には、伝統的な加賀友禅をふすま絵として取り入れた。友禅をふすまに使う初めての取り組みに四苦八苦しながら、地元の友禅作家と数ヶ月かけて作り上げたという。「金沢に来る人に、金沢の魅力を知って欲しい」というホストの望みに地元の作家が答えて新境地を切り開いて行く。

 

金工作家の史さんは、卯辰山工芸工房でひとつひとつ丁寧に作品を作っている。「お皿は食べ物がのって初めて完成する」と言う史さんのお皿は、片町にあるフレンチレストランFil D’Orで料理に華を添える。

作るだけではない。「お皿は物がのって初めて完成するんです」と金工作家の史(ふみ)さんが言うように、金沢では地元作家の工芸品を普段から使っている家庭や飲食店も多い。10月から11月にかけて開催される工芸祭には、週末ごとに工芸作家やシェフ、茶道家に加えて哲学者や学者までもが一緒につくりあげるお茶や食のイベントが開催されている。史さんの言葉を借りれば、自分たちの作品を共に、そしてとても洗練された形で「完成」し合うイベントだ。

参加者には、工芸工房出身者に混じって、ホストたちがお勧めしてくれたレストランのシェフも名を連ねていた。みんなどこかでつながっているのだ。ご飯を食べに行けば、使われている器から作家に行き当たり、作家から工芸工房に行き当たり、前田利家に行き着く。

2018年の東アジア文化都市に選ばれ、2020年には世界工芸サミットの開催と国立近代美術館工芸館の移転も予定されている金沢。豊かな美意識が受け継がれてきた土壌のなかで、金沢は今、新たな時代の幕開けとなるエネルギーに溢れている。


筆者の太田瑞穂は朝日新聞デジタル版などに旅の記事を寄稿するフリーライター。